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2006年10月31日

●独り上手:孤獨のダンディズム

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秋も本格的となり、夏から初秋にかけて調度した衣類では、外を歩いてゐても肌寒く感じるやうになつてきた。秋冬物を新たに揃へようかとも思ふのだが、昨今の我が家の臺所事情を考へるに、さうさう大それた買ひ物は出來ない。

臺所事情といへば、近頃は週末の過ごし方などもいろいろ考へてゐる。最も浪費が少なくてすむのはオンラインゲームに興じることである。家庭用のものでは新作を購入しなければならないので費用はかゝるが、月額料金を既に拂つてあるものや、無料のものならば金錢を浪費する事無く週末を過ごせる。だがこれは、一般的な引籠りの週末の過ごし方だ。同じ一人遊びでも上級者は違ふ。

まづは、古本屋で一册百圓の棚でたつぷりと時間をかけて良書を求める。(因みに先日は馬立誠氏の書を百圓にて求めることに成功した。)これを素人ならば自宅へ持ち歸つて讀むことだらう。小生の場合は、これを持つてロイヤルホストへ向かふ。そして「ドリンクバー」を註文して數時間に渡り精讀するのである。

普段は食事とともに註文するために、ドリンクバーを註文しても一杯や二杯しか飮めないものである。然し、讀書に集中してゐるのであるから、五杯六杯は輕く飮める。讀書と共に、ドリンクバーの多彩な飮み物も樂しむことが出來るのだ。財布に餘裕があるときには、居酒屋でこれをやる。生ビヰルを飮みながらの讀書はまた格別だ。

この讀書スタイルを會社の同僚に話した處、

「獨りの達人ですね」

との言葉を頂戴した。先日は別の同僚に「惚れ惚れするほど獨り上手ですね」と言はれた小生である。聲を大にして言はせて貰ひたい。決して孤獨が好きなわけではない。目に見えない何かに動かされてかうなつてゐるのだ。

先日、大きな搖れを感じて目が覺めた。すわ、地震かと飛び起きたが、室内の電燈は搖れてゐない。どうやら體が震へてゐたやうだ。この震へは、秋の訪れのせゐであらうか。それとも内なる孤獨のせゐであらうか。冬に備へて身支度をするとともに、孤獨な心への糧を求め、讀書を續けようと思ふ。

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意中の人を射止める爲の御守である。

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