まあ昔から共産主義とゲイジツとかってのは結びつき深かったみたいですけどね。
最近正論ネタが多いですが、遠藤浩一氏の
三島と福田恒存に関する連載が久々に興味深かったです。
まあ、文学座から三島が引くに当たって、
三島がサヨクをシニカルに描いた「喜びの琴」が
アカにかぶれた役者やチケットの購入元の勤労者演劇協議会に
受け入れられなかったのが
原因になってたとかって話で。
「(サヨク)思想のために芸術を捨てた」
まあ、三島の場合は理念のために命まで絶ってしまいましたが。
(芸術のためという捉え方もありますが、
ここは難しいので、、、、)
その昔、アナーキー≒パンク見たいな感じでしたが、
「平和・平等」など嘯く連中こそ最も胡散臭いことは
昨今の常識なワケで。
まあ、パンクの絶望は無政府主義に繋がるのですが、
それは個々の責任あってこそじゃないですか?
個々が強ければいいじゃないか。
あるいは死んだほうがマシ。むしろオレを殺してくれよ。
イラネ、こんな世界イラネ
みたいな。それがアレなんじゃないですか?
自由と無秩序は違うのではないでしょうか。
勤勉に平穏に生きていこうとする人々の足を引っ張ることが、
まさにサヨク。
自分らはエリートだから生きていけるでしょうね、それは。
フン、
この高度な文化にどっぷり漬かった人々が、
電気なしで暮らして生きていけるでしょうか。
たとえばそういう人が自給自足の生活をすればいいじゃないですか。
北朝鮮や中国の非常に貧しい地域に行ってやればいいですよ。
できますか?できないでしょう。
日本でやっていく以上、
ある程度は他の人の都合に合わせなければならないですよ。
お金を持って、電気が必要な人々が
たくさんの税金を納めてやっている国なんですから。
(小泉さんは捕まると思いますよ。
新自由主義は私の考えとはそう近くはありません。
小泉さんの偉大さは靖国参拝したことだけです。)
前回、お話したとおり、
現在の日本ではサヨクがエリートで、
我々は「偏った人」だそうで。
元々、「サヨク」という危険分子が現れたから、
「保守」という立場が生まれたわけで、
「保守」はあくまで「守ろう」とする自然な人間の本能です。
ジャコバン派やマルクスレーニン主義がなければサヨクもウヨクもないです。
「大人にほめられたくはない」と言ったのは、
ブルーハーツでしょうか。
エリートサヨクや、文句ばっかりの日刊ゲンダイ読んでるオトナに
同調してうれしいですか?
オレはオトナにほめられなくていいよ。
ただジジイが23歳で死ななければ、
ジジイにはほめて欲しかったな。
Σ(゚Д゚;)オレが今年40歳のジジイですが。
まあ、ロックなんて胡散臭いコトバは
大学に入ってすぐぐらいに捨てましたよ。
なにがロックだ。ロールはどこにいっちまったんだ。
Σ(゚Д゚;)あ!すみません!言い過ぎました!
生きててすみません!
以上、心に茨を持つ少年より。